農福連携に関わる園芸療法士・作業療法士の就労継続支援B型事業所でのチャレンジ日記⑤「万法帰一」

万法帰一――

畑で感じる「すべてが一つに帰る」ということ。

私は就労継続支援B型事業所で、作業療法士として、そして園芸療法士として日々利用者の方々と関わっています。事業所には畑があり、そこでの活動は私にとっても、利用者の皆さんにとっても、特別な意味を持っています。

畑に立つと、不思議な感覚が生まれます。
障害の有無や年齢、これまでの人生経験や役割といったものが、ふっと薄れていくのです。

そこにあるのは、ただ「人」と「自然」の関係です。

雨は誰にでも平等に降り、光もまた等しく注がれます。
ある人だけに多く降るわけでも、ある人だけを避けて照らすわけでもありません。

畑の中では、植物が芽を出し、虫が訪れ、鳥がやってきます。
それぞれが自分の役割を生きながら、互いに影響し合い、一つの環境を形づくっています。

人もまた、その中の一部です。

作業が得意な人もいれば、ゆっくり関わる人もいます。
土に触れることが好きな人、植物の変化をじっと観察する人。
関わり方はさまざまですが、どれもが必要で、どれもが自然です。

そうした光景の中で、私は「万法帰一」という言葉を思い出します。

多様に見えるすべてのものごとが、もとは一つであるという考え方。
違いは確かに存在するけれど、その根底ではすべてがつながっているという感覚です。

畑では、そのことが理屈ではなく、体験として立ち上がってきます。

人も植物も、天候も、生き物も、すべてが影響し合いながら存在している。
そしてその中で、「できる・できない」や「役に立つ・立たない」といった価値づけは、どこか相対的なものになっていきます。

ある日元気がなくても、土に触れるだけで十分な関わりになります。
作業が進まなくても、その場にいること自体が環境の一部になっています。

畑は、評価ではなく「存在」を受け入れる場所なのかもしれません。

だからこそ、そこでは人がフラットになります。
誰かが上でも下でもなく、それぞれが「そのまま」でいられる場になります。

園芸療法の魅力は、こうした「自然の中での平等性」にあると感じています。
人が何かを“する”ことで価値を見出すだけでなく、ただ“いる”ことの意味に気づくことができる。

万法帰一――

すべては一つに帰る。

畑での時間は、その言葉を静かに、そして確かに教えてくれます。

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